楢葉町の神社

龍田神社 取材ページ|楢葉町の観光スポット

龍田神社の成り立ち
龍田神社は宝治2年(1248年)小館の館主、井出玄藩主隆吉公が大和国の風神、龍田神社から風水鎮護の神として勧請し井出義康公が建長2年(1250年)三平下の田地9反歩を神領として献地したが天文9年(1540年)正月大洪水のため流失したと云われている。
また、磐城の城主内藤義康公は風神えお崇敬し元禄11年(1698年)現在地に社殿を建立したが天明5年(1785年)7月内陣からの失火のため神宝、社殿共悉く焼失した。現在の社殿は文化12年(1815年)祭神を再勧誘して造立し祝典したものである・明治6年村社に列せられ、神饌幣帛料供進社に指定された。井出隆吉公から数えて現宮司は33代目に当たる。旧龍田村も神社にあやかった村名である。
例祭は9月29日に行われてきたが戦後、11月の第一日曜日に変更されている。祭日には潮ごおりの渡御祭などの神事が古くから行われ地域の人々によって崇拝し護り続けられてきた産土神である。
龍田神社は鎌倉時代1248年(宝治2年)に小館(岩城氏の砦のひとつ)の館主、井出隆吉公が奈良県にある龍田神社から、風水害を鎮(しず)めるために風神様を分祀したのが始まりです。1250年(建長2年)に井出義康公が田地9反歩(サッカーコートより少し広いくらい)を神領として献上しましたが、戦国時代の1540年(天文9年)正月に大洪水のため流失したそうです。
その後、江戸時代に入り1698年(元禄11年)に磐城の城主だった内藤義康公が現在の場所に社殿を建立しました。しかし1785年(天明5年)7月に火災により社殿は宝物と共に焼失しました。
現在の社殿は今から200年以上前の1815年(文化12年)に再建されたものです。明治時代に入ると1873年(明治6年)に当時の神社の制度により県知事から供物がお供えされる格式の高い神社に指定されました(神饌幣帛料供進神社(しんせんへいはくりょうきょうしんじんじゃ)・村社)。
現宮司は井出隆吉公から数えて33代目に当たります。旧龍田村も神社にあやかった村名でした。
例祭は9月29日に行われてきましたが、戦後、11月の第一日曜日に変更されました。祭日には潮ごおりの渡御祭などの神事が古くから行われ、地域の人々によって崇拝され護り続けられてきた鎮守の神様です。

■ドハマりポイント
JR竜田駅から程近い場所にあり、風の宮(風神大明神)として知られてるこちらの神社。東日本大震災・原発事故のために避難を余儀なくされていましたが、平成30年3月に帰還して再びこの楢葉町で再開を果たし、故郷に帰還された方やこの土地を訪れる方々がいつでも参拝することが叶うようになりました。



 

INFORMATION施設情報

名称 龍田神社 取材ページ|楢葉町の観光スポット
(タツタジンジャ)
住所 〒979-0603 福島県双葉郡楢葉町井出上ノ岡38 アクセス
交通アクセス 竜田駅から徒歩5分
龍田神社について
龍田神社について

御祭神:志那都毘古神 志那都比売神
例祭:11月第一日曜日
宮司:井出 義秀
神宝:神輿、額面風宮、小刀、唐獅子、石灯籠、サンゴ、金幣、左大臣(文久元年)、絵馬